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看護師を辞め営業職で覚悟の入職

2025/03/21

新天地での奮闘と飛躍

大学卒業後、脳神経内科で働いていた森下さんは、慢性期病棟で働くことに劣等感を感じていました。そして4年後、憧れの急性期病棟・脳外科に転職を果たします。しかし!!なんと転職3日目でこの脳外科を辞めることを決意!職場ではかなり白い目で見られつつ、決まっていたシフトをこなした3週間後にNewGate訪問看護ステーション(以下、NewGate)に入職。しかも看護師ではなく、営業職として採用された森下さん。前例なき道をどのように切り拓いたのか。そして、いかにして福岡支店を成功させたのか。森下さんのこれまでの奮闘を追いました。

NewGate訪問看護ステーション

事業本部 森下野亜(29)

看護師夫婦の悲しき未来予想図

森下さんは看護師という職業や未来のキャリアに悶々としていたといいます。

「最初に配属された脳神経内科はALSや神経難病の重症例を看ていました。看護の世界では、急性期が花形というイメージもあり、慢性期病棟にいることに劣等感もありました。とはいえ仕事に熱中するわけでもなく、遊びに逃げていました。仕事後に電波の届かない雪山に2泊3日でこもったり(笑)。キャンプ系のインフルエンサーを目指していた時期もありましたが、どれも身を結びませんでしたね(笑)」

当時の森下さんを副業への焦りに駆り立てたのは、看護師という仕事のあり方やキャリアの壁でした。

「うちは夫婦で看護師なんです。看護師は年次で年収がほぼ決まるので、世帯年収のロードマップが何十年先までわかるんですよ。将来的に子どもの教育費にお金がかかっていくのに、我が家の年収は天井があるって、消耗戦の未来しか描けない。それに加えて、看護師って業務負担や責任が増えても、それに見合った待遇や給料は期待できません。いかにリスクを負わないかというスタンスになってしまいます。もちろん看護という仕事に愛情ややりがいを持っている看護師もいますが、僕はそういうタイプではなかったので。それでも、なにか熱中できる仕事を見つけたくて、悶々とした日々を過ごしていました」

そんな時にNewGateに出会い、森下さんの人生が動き出します。

全てを捨てる覚悟で入職

しかし、2024年4月は特に採用が多い時期で、看護師枠での募集はなく、一度は断られた森下さん。そもそも森下さんは、看護師ではない仕事を求めていたはず・・・。どうやってNewGateに入職できたんでしょうか。

「将来的に起業したいこと。宮崎社長の下で経営を学ばせて欲しい、全てを捨てる覚悟がある、と熱意をとにかくぶつけて、大阪府の最低賃金でいいから働かせて欲しいと嘆願しました」

その熱意が社長に通じて、森下さんは無事、2024年6月から営業として採用されました。

「営業経験ゼロ。訪問看護や在宅医療の知識もゼロ。地域や制度のこともまったく知らない状態でのスタートでした。大阪府は日本で一番訪問看護ステーションが多いので、営業慣れしているライバル社も多い。そんな状態で僕が勝てることって、行動量しかないので、とにかく何度も通って信頼を得られるようにしました」

根性と愛嬌と持ち前の元気さで、とにかく数ある事業者や病院に通い続け、地域の信頼を徐々に獲得した森下さん。

「最初は小児の療育の認知はゼロに近い状態でした。お子さんの発達に悩むお母さんは心を病むほど悩んでいるのに支援の手が行き届いていない現実に、課題と同時にやりがいを感じました。嫌いだった看護師という仕事が、今では心の底から良い仕事だなと思えるようになりました」

2023年4月には0件だった問合せも現在は月に20件以上の新規問合せがあります。月間訪問件数は4,000件以上に。地域と会社をつなぐ新しいポジションを自分の力で切り拓いていきました。

地域にとって唯一無二の存在に

NewGateの強みは小児から成人までどんな利用者さんでも看られること。通常、重症患者さんの場合、多事業者間での連携が当たり前ですが、NewGateは看護師とセラピストの数が多いので1事業者で対応可能です。さらに、大阪全土をカバーし、平日も20時まで受け入れられることなど、他社にはない手厚く質の高いサービスをとにかく知ってもらうことに森下さんは尽力しました。

「小規模な訪問看護ステーションの場合、一人辞めただけで死活問題ですが、NewGateは採用もうまくいっているので、体制と提供するサービスの質が一定です。常に“痒いところに手が届くサービス”で、地域に根付くことができました」

営業職というのは、NewGateにとってどんな存在なのでしょうか。

「訪問看護ステーションで、営業職があるって非常に珍しいことなんです。売上を上げるのはあくまで看護師ですからね。営業に人件費を割くなんて普通やりません。でも宮崎社長の事業拡大には営業も重要だと最初から認識してくれていたんですね。看護師は看護の仕事に集中し、営業は営業に専念する。その方が双方の生産性も上がるし、それぞれのスキルが上がると。まさにその通りでした」

現在、営業部は解体し、森下さんのリーダーシップの下、統括をはじめ、エリアマネージャーや主任、リーダーに森下さんが営業スキル研修を実施し、会社全体の営業力を底上げしています。

「ゼロイチの営業は難易度も高く、負担も大きいですが、既に取引のある事業所さんと関係性を深めることは、エリアの売上アップにも直結します。なので、リピートを増やすことを目的に、マネージャー陣には僕のスキルや経験を共有するという教育フェーズに入っています。各エリアでオペレーションを仕組み化することで、実績も利用者さんの声も集まりやすくなります。今後、さらに良い相乗効果が生まれていくと思います」

福岡支店を成功に導いた先に

実は、森下さん以外に3人の営業マンがいた時代もありました。

「みんな辞めちゃいましたね。営業は結果が出なければ、どんなに忙しくても低賃金です。残業代も出ません。特に最初は修行僧のような生活でしたから(笑)。でも、ライバルがいなくなったおかげで、福岡支店の立ち上げの全てを僕に任せていただけることになりました」

物件の選定から、営業許可申請、スタッフの教育まで、全てを任された森下さん。ここで活かされたのは大阪での経験でした。訪問看護の営業とは、地域の課題を理解し地域と共存すること。信頼関係を構築できれば依頼も継続する。それが地域に根付くことにつながると森下さんは誰よりも理解していました。

「大阪とは全く違う地域性なので、そこを掴むまでは大変でしたが、基本は大阪で経験したことを応用しただけです。おかげさまで売上も順調に推移していて、自信にもつながりました。今年の神奈川支店を成功させれば、全国展開も見えてきます」

そう意気込む森下さんに今後の目標を聞きました。

「採用面接で社長に言った起業は、今は全く考えていません。この会社を大きくすることにフルコミットしています。将来的には訪問看護事業を全て任せてもらえたらと思っています。社長がいなくても、事業が成長し拡大できるような人材になれるように頑張ります!」

森下さん、ありがとうございました。